西野武彦 著「ケインズと株式投資」を読んだ。


ケインズと言えば、ケインズ経済学の創始者として著名な経済学者。ケインジアンと呼ばれる彼の追随者は、現代の市場経済や国の経済政策を考える上で主要な役割を担うことも多い。

が、彼は大学で経済学を研究していただけの学者ではなかった。英国大蔵省に勤務する官僚であり、第一次世界大戦後のパリ講和会議では大蔵省主席代表として参加するなど重職を勤め、その後も国の機関で働いたり投資家としても大成功を修めるなど多くの側面を持っていた。



本書ではケインズの経歴とともに、彼の投資遍歴や投資理論を示す。彼が教職で得ていた給与やアルバイト収入、預金などの資産なども年ごとにわかっており、投資成績や投資していた銘柄までわかっている。そのため、投資手法や売買タイミング、成績もわかる。彼は個人的な資産では短期的売買でかなり危険な投機もしていたが、友人達と作った私的な投資ファンド、生命保険会社の投資運用に大学の基金の投資も担当しており、それらについてはまたそれぞれに違ったポリシーで違った投資をしていたことがわかっている。

パリ講和会議で敗戦国ドイツに支払いきれない過大な賠償金を課すことに反対して代表団を辞任。その反発からかドイツマルク売りにより莫大な利益を得るなど為替ではかなり投機的な手法を取っていたようだ。実際、何度か破産するような失敗もしているが、それでも懲りることなく投機を繰り返していた。

マルク売りのような国際情勢を使った売買のほかに、購買力平価説による為替取引も行っていたらしいし、各国間の金利差に着目した売買などきちんと理論的裏付けを持った投資活動をしていた。

株式投資でも、短期投機ではチャートに着目して売買していたが、長期運用する場合にはバリュー株を選別して集中投資する投資法をしていたようだ。
・バリュー株投資……将来性が高く、企業の本質的価値と比べて割安な銘柄を選ぶ
・信頼できる経営陣
・集中投資……完全に自信を持てる割安株を2〜3社見つけて集中投資
・長期投資
・バランス投資……同じ性格やリスクを持つ銘柄ばかりを選ばず、反対の性格やリスクを持つ銘柄を組み合わせる

割安・長期・バランスという現代でも通用する長期投資手法ではあるが、分散投資についてはむやみと多数の銘柄に分散するのではなく、知らない企業・理解できない企業に投資せず、リスクの分散はするが銘柄はよく理解でき信頼できる少数の銘柄に集中するという形を取っている。

読みやすく面白い内容で、しかも現代でも通用する投資手法を学べる良書。ただ短期売買でチャートをどのように利用していたか具体的な記述が乏しいのでこれを真似するのは難しいようだ。

実際に為替や株式投資、あるいは投機により莫大な利益を築き現金で45万ポンド。現代の日本円に換算すると少なくとも80億、多く見積もれば2,000億円くらいになる。しかも、分かっている運用成績ではほとんどの年でプラス。自由裁量で運用できた資産だけで見ると、ほぼ全ての年でイギリスの株式指数に勝つという常勝ぶり。大学の基金運用という分野で当時国債など安全資産で運用するのが主流であったのが、ケインズの成功により株式投資も広く行われるようになったといい、経済学の発展だけでなく実際の運用の世界にも大きな影響を残している。

内容の濃い、読んで損のない本だった。